2012年3月27日 (火)

ふつふつと

単純作業に没頭していると、
こころの底の方から昔の出来事がふつふつと湧いてくる。
どうしてあの時あんなことを言ってしまったのだろうとか、
どうして言えなかったんだろうとか、
考えても仕方のないことがくるくると心の中を回る。
頭は作業に没しつつ、
こころは過去を彷徨う。

2012年2月16日 (木)

豆苗

エンドウ豆から芽が生えた状態の物が売っている。
芽の部分を切って料理に使うのだけれど、
包装には水をやると再収穫できますと書いてある。
丁度いい大きさの器があったので、
そこに豆の部分を入れて水に浸し、玄関に置いておいた。
家ではそこが一番日当りがいい。
しばらくすると切った茎の先に露が溜まり、
水を吸い上げているのが目に見えてわかった。
豆苗の生命力によるものなのか、毛細管現象による科学的なものなのか。
どちらも同じものかもしれないけれど。

それがひと月程前のことで、今は三回目の収穫を迎えようとしている。

水しかあげていないのにどうして緑色した茎や葉が出来上がっていくのだろう。
透明なぶよぶよした物が増えていくというのなら納得できるのに。

2012年2月 8日 (水)

お帰り

前にリコールで送り返したiPod nanoが返ってきた。
箱を受け取って開けて見たら、大きさが半分くらいになっていた。
?と思ってよく見たら第6世代のiPod nanoに進化している。
添付の手紙には
iPod nano第1世代の在庫がなくなったから新しいのになりました。
とのこと。
2GのiPod nanoが8Gになって返ってきたのだから文句のあろうはずがない。
ラジオも聴けるし。
クリップで服に挟んでどこでもラジオが聴けるということが意外と楽しいということに驚いた。
外で音楽を聴くということに特化したiPod。
いい。意外と。

2012年1月14日 (土)

日本もそうだった。

2012 International CESでサムスンが披露した窓型ディスプレイを見てすごいなぁと思った。

日本では韓国製は質がよくないという印象(を持たされているよう)だ。
しかし、欧米の企業は積極的に韓国の技術を受け入れているように見える。
中国はコピー製品ばかりだと批判しているが、そのえげつないやり方をみると日本は隣国を低く評価する傾向にあると感じる。
日本の高い技術がそのうち追い抜かれるんじゃないかという危機感がありありと浮かんでいる。

日本もかつてはそうだった。
戦後、粗悪品の代名詞だった "made in Japan" は、欧米の新商品を分解して技術を盗み、ドイツのカメラをコピーしまくって成長することでいい物の代名詞になった。
急成長する日本の技術に危機感を感じた欧米の人々は、日本製品の不買運動までやった。
だが、それでは駄目だと気づいた人々は日本の技術を受け入れ、技術的植民地にすることで一緒に成長する方向に舵を切った。
これが功を奏して、日本は世界的な技術を持ちながらいつまでも世界一にはなれずにいる。

この経験に学んだ欧米諸国にとって、韓国、中国の技術的躍進は受け入れやすい。
どんどんそれらの技術を採用し、どんどん吸収して行けばいいと分かっているからだ。
しかし、追い抜くことしかしてこなかった日本は、追い抜かれそうな時にどうすればいいかわからない。
否、もう追い抜かれていることを認められずにいる。

アメリカ対日本のバランスと、日本対韓国、中国のバランスは大きく違う。
アメリカが日本にとった戦略をそのまま流用することはできないだろう。
だが、過去の栄光にすがって現在の位置を見失い、歴史に学ぶこともせず、ブランド名だけで勝負しているとあっという間に置いてけぼりになるだろう。

まあ、それから這い上がるのが日本的「根性」なのかもしれないが。

2012年1月 3日 (火)

正夢

12月31日の夜に黒柳徹子からチンパンジーについての手紙をもらう夢を見た。
昨日、テレビで黒柳徹子がチンパンジーについて語っていた。
これのことかと思った。
違うけど。

2011年12月20日 (火)

iPod

4,5年前、iBookを買う時にiPod nanoが無料でついてくるキャンペーンをやっていた。
その時、すでに第3世代のiPodを持っていたのでnanoは特に必要なかったけれど、
タダでもらえるものは貰っておこうとキャンペーンに応募した。

そうやって手に入れた第1世代のiPod nanoは様々な不具合に見舞われた機種だった。
画面が割れやすいと訴訟になったり、
バッテリーが爆発して一部リコールが発生したりした。
僕が持っていたものはホイールセンサーが反応しなくなり、一度交換した。
それが今になって再び交換プログラムの対象になった。
バッテリーの不具合でリコールがかかったのだ。
Appleは「交換プログラム」というけれど、実質的にはリコールだ。

2Gという容量はかなり少ないし、
iPhoneがある今となっては使う場面が思いつかないけれど、
これもせっかくだから交換してもらうことにした。
それでiPod nanoは今晩Appleに向かって旅立って行く予定。
何物も、新しくなるのは気持ちがいい。

ところで、iPodシリーズの中で最も完成度が高かったのは第3世代だと思う。
全てタッチセンサーになったボタンとバックライトの組み合わせが綺麗で、使いやすい。
付属していた専用のキャリングケースも使いやすくて良かった。

2011年12月16日 (金)

語り口

一つの本について、二人の人が別々に紹介してくれた。
はじめの人は、こんな本が出たよ、と教えてくれた。
でもあまり興味はわかなかったので、へぇと思うだけだった。
人から薦められた本ほど読む気が起きないものは無い。

後の人は、著者の人となりや人生、自分がいかにお世話になったかなどを丁寧に、しかし簡潔に語ってくれた。
読んでみようかな、という気になった。

面白いよ、いい本だよ、と言われると、
面白いかどうかは自分で決めるよ、と思う。
価値感を押し付けられるのは愉快なことじゃない。
自分がいかにこれが好きか、と語られるとちょっと興味がわく。

伝道も、そういう語り口が必要なのではないだろうか。

2011年12月14日 (水)

散歩

あの店はまだあるんだろうか?
と、ふと気になった。
昔住んでいた街にある、知り合いの経営するフランス料理店。
わざわざ昔を懐かしむために電車に乗って行くのもなんなので、
ストリートビューで探してみることにした。
最寄りの駅から、記憶にある道をたどって行く。
よく覚えている風景がずんずん続いて行く様子はなんだかとても不思議だ。
デジタルの向こうにある幼い頃の思い出。
そうだったそうだったと思いながら懐かしい街を歩き回るが、
一向にお店が見つからない。
店の名前を忘れたので、直接検索することもできない。
試しに、最寄駅とフランス料理というキーワードで検索すると、
あった。
覚えていた場所と、全く違うところにあった。
移転したのではなく、ただ記憶違いをしていただけだった。
残念なことに、店の周辺だけストリートビューがなかった。

また行けるといいな。

2011年12月 8日 (木)

こころの闇

「少年の心の闇は深かったようです」
そんな言葉をニュースで聞いた。
以前にも、
「少年の深い心の闇は理解できません」
というコメントがあった。

「心の闇」とはなにか。
本当に理解しようとして、努力した結果だめだったというのなら、
「私には理解できない」とコメントしてもいいだろう。
だがそれは、自分の能力の限界に対するコメントであって、
少年を貶めるものであってはならない。

犯罪の低年齢化や、若年犯罪の凶悪化が言われているが、本当にそうだろうか。
日々起こる沢山の事件の中から容疑者が若いものを集めてくるからそう見えるだけの様に感じる。
実際に、どれだけ増えたかというデータを示したニュースは見たことがない。
増えていない、というグラフは見たことがあるが。
大人が自分たちの凶悪さを覆い隠すために少年を利用している様にさえ見える。

若年層の犯罪が凶悪化するのはある意味当然だ。
若い程分別がつかず、衝動を抑えることもできないのだから。
むしろ、大人になってから犯罪を犯す方が問題だろう。
自分の懐を温めながら合法的に戦争する方が、遥かに凶悪だ。

僕が言いたいのは、
だから少年犯罪が赦されると言うことではなくて、
大人が無責任過ぎるということだ。
少年の心に闇があると思い、理解できないのなら、
必死になって理解するよう努力して、
なんとかその闇を取り除こうとするのが大人の役目だろう。
なんの努力もなしに「理解できない」と突き放されて、どうやって真直ぐ育てというのか。

今問題なのは、子どもが犯罪を犯すことよりも、
そんな子どもを理解できない大人の能力低下と、
しようとしない大人の無責任さだ。
大人の方が経験も知識も豊富なのだから、
大人の方から子どもを理解する努力をしなければならないのは当然だ。
「できない」ではすまされない。
しかも自分ができない/しないことを棚に上げて、全て少年が悪いような報道をする。
「ああ、自分は理解されないのか」
そう思った少年は、さらに心に闇を抱え込んでしまう。
否、もともと闇などないのに、あたかも自分の心が闇であるかの様に感じてしまうだろう。

心を育てるために最も大切なことは「見捨てない」ことだ。
大人のするべきことは、
「お前の心の闇は理解できない」というメッセージを発することではなく、
「何があっても私はあなたの味方だよ」と伝えることだと思う。

2011年12月 6日 (火)

iPadとBluetoothキーボード

昨日は集会、会議、会議と疲れた一日だった。

書記を任された会議があったのでiPadでメモをする。
帰ってから編集しようと思うけど、細かいカーソル移動がタッチじゃやりにくい。
何とかならないかと思っていたら、
そういえば家のMacはBluetoothキーボードじゃないか!
と思いつく。

iPadとキーボードをBluetoothで繋ぎ、Pagesで記録を編集。
うん。
これ、いい。ノートパソコンいらないかも(文書編集については)。

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